こんにちは、ジャパンカップが大好きな、うま博士(見習い)です。
そもそも、ジャパンカップって何ですか?
ジャパンカップは国際招待レースです。
ジャパンカップ創成期の日本では、世界の競馬先進国に比べてその実力はまだまだ及ばず、世界に通用する馬作りを目指していました。
そのために、世界各国から強豪馬を招待してレースを開催し、競馬界全体の実力の向上と国際社会での日本の評価の向上を目指したのです。
今から27年前の1989年、僕が初めて見たジャパンカップ(第9回)は、今考えるともの凄いメンバーでした。
海外からは、
欧州最高峰レースの一つ 凱旋門賞覇者 キャロルハウス
前年のジャパンカップ覇者 ペイザバトラー
2400 m の世界レコードホルダー ホークスター
ダートの世界最高峰レース ブリーダーズカップクラシック 2着馬 イブンベイ
それに対する日本からは、
直前の天皇賞(秋)優勝馬 スーパークリーク
天皇賞(春)と宝塚記念優勝馬 イナリワン
前年のジャパンカップ3着で有馬記念優勝馬 オグリキャップ
(オグリキャップは、地方競馬から成り上がった競馬ブームの立役者でした。
さらに、この年のマイルチャンピオンシップ優勝からの連闘という、
今では考えられないローテーションでした。)
レースは、イブンベイとホークスターが当時の1800 mと2200 mの日本レコードを上回るペースで競い合いました。
そして、それらの直後の3番手から抜け出し、最後に追いすがるオグリキャップを振り切って
「ホーリックス」
が覇者となったのです!
ホーリックスは、オセアニアのニュージーランド出身でGⅠを2連勝中でしたが、それまでのジャパンカップでのオセアニア勢の結果から、評価は高くありませんでした。
さらに驚いたことに、このホーリックスはなんと牝馬だったのです。
当時、牝馬は現在ほど牡馬同様の強さはなく、競馬ブックで予想していた僕は、只々唖然とするばかりでした。
そして電光掲示板に掲示されたタイムは、「2.22.2」 2分22秒2。
優勝馬の馬番は2番、当時馬券の中心であった枠連は2-2と、
全て2揃いの記憶に残るレースでした。
あれから回を重ねて、今年は37回目のジャパンカップ。
例年通り、外国馬の参加は数少ないものになってしまいました。
そして、ここ11回は全て日本馬の優勝。
さらに、馬券対象の3着までに外国馬が入ったのも、11年前の3着が最後という悲しい国際競走となってしまいました。
競馬のビギナーで、全く何も知らなかったから、その凄さが分からなかった第9回ジャパンカップ。
もし、今の僕がこのレースと同様のメンバーを見たなら、きっと前夜は予想が駆け巡り眠れないでしょう。
生きている間に、このメンバーを超えるようなジャパンカップを見ることは、もう奇跡が起こるしかないのかもしれません、、、。
今年は外国馬買ってみようかな?